第6回(最終回) 「微笑がえし」


いよいよ「微笑がえし」です。キャンディーズがはじめて1位に輝
き、そしてミリオンセラーを達成した作品です。ここでも私は作曲
と編曲を担当する幸運に恵まれました。作詞家は阿木耀子さん。そ
して作曲家の選定は阿木耀子さんの一言で決まったそうです。「キ
ャンディーズはやっぱり穂口さんじゃないかしら」。私は阿木さん
に感謝するとともに、このことはとても嬉しいことでした。なぜな
ら少しだけ作詞に心得のある私にとって、阿木耀子さんの詞はとて
も魅力的で尊敬に値する作品だったからです。
ここではやはり阿木耀子さんの凄さでしょう。キャンディーズの歴
史を折り込んだ歌詞は、単なるポップスの領域を超えて芸術でした。
メロディーがすぐに浮かんだことはもちろんですが、当時としては
めずらしい4部形式に、作曲家としてのプライドが燃えました。

キャンディーズの歴史を折り込んだ最上級の歌詞に対して、作曲家
ははたして何をもって答えるべきか。私は「微笑がえし」に、キャ
ンディーズが歩んできたポップスのすべてを組み込むことにしまし
た。
それは、I-III-II-Vであり、Cyclic chordであり、VIからIVに至る
Chromatic progressionであり、V分のIIであり、16beatを内在した
8beatであり、Guiter soundであり、13th-5th Resolveであり、
Simple melodyであり、達成感であり、爽快感であり、哀愁であり、
明日への希望です。

スタッフの努力によってレコーディングの日程は慎重に検討され、
今回はDr.林立夫、Bass.後藤次利、Piano.佐藤準、Guiter.松原正樹、
水谷公夫、Perc.斎藤ノブの全員が揃いました。そして綿密に準備さ
れたリズムセクションのレコーディングはたった3テイク。時間に
してわずか45分で完了しました。完璧な演奏です。リハーサル、テ
ストレコーディング、本番。「微笑がえし」のレコーディングは3
回しか演奏されていません。




オケが出来て、いよいよキャンディーズです。
実はこの日私は、一つの提案をしていました。それはキャンディー
ズをミュージシャンとして扱うということです。具体的にいうとコ
ーラスのパート譜は、当日のしかもレコーディングの時点で譜面台
に用意する。つまり初見でレコーディングをしたいと申し入れたの
です。松崎も心から賛同してくれました。「微笑がえし」は、アイ
ドルとしては最初で最後の試み、つまり初めての楽譜をリハーサル
なしで歌う方法でレコーディングされたのです。
6年前、2拍3連もとれなかったキャンディーズ。音程を掴むのにあ
んなに苦労していたキャンディーズ。そのキャンディーズがスタジ
オミュージシャンと同じ方法でレコーディングをする。私は緊張と
期待でいっぱいになりながら、テープスタートのキューを送りまし
た。

ボーカルレコーディングはおどろく程の早さで終了。まさに初見で
す。今やキャンディーズはプロのミュージシャンです。
アイドルのラン、スー、ミキはもう私の中にはいませんでした。
スタジオの中がなみだでいっぱいになりました。
あまりに嬉しくて、私は頬に落ちるなみだを拭くことも忘れてモニ
ターに聴き入りました。みんな泣いていました。松崎も、酒井さん
も、吉野金次も、マネージャーも、アシスタントも、みんな・・・。

「もったいない・・・・」正直な思いです。しかしこのことは5年
前に決まっていました。私は覚えています。レッスンの合間に話し
たことを。
「一番いい時に解散しようね!」誰が最初に言い出したかは忘れま
した。しかし、17才のラン、スー、ミキは、すでに自分達のビジョ
ンをもっていたのです。「キャンディーズを永遠にする・・・・」
彼女達の思いは痛い程伝わってきました。
私はそんな3人の決意を知って、キャンディーズのビジョンに精一
杯の協力をすること自分自身に誓いました。


キャンディーズが「普通の女の子にもどりたい」といって解散を宣
言したことはあまりにも有名です。しかし私にとってのラン、スー、
ミキは最初から最後まで「普通の女の子」でした。良識があって、
優しくて、控えめで、素直で、明るくて。すべては3人の共通した
特徴です。その上実力があって、しかも奢ることは最後までありま
せんでした。誰からも愛されて当然です。

私は今回の取材で大変難しい質問をされました。
穂口雄右にとってキャンディーズとは何ですか?

私は答えに困りました。

私にとってキャンディーズは、確かに大切な存在、そして大きな存
在です。しかし私には、問いかけてくれた人が期待する答えはあり
ません。何故なら、キャンディーズとの音楽も、時間も、思い出も、
すべては私の一部分に過ぎないからです。キャンディーズにとって
キャンディーズが、人生の通過点に過ぎなかったように。私にとっ
ても何事もなかった過去。
そう「普通のこと」にしておきたい気持ちがありました。

しかしもう一度考えてみると、これは本当のことではあるものの、
最も適切な答えではなかったことに気付きました。キャンディーズ
の3人と私は、ボーカリストと作曲家としてだけ触れあってきまし
た。とても残念なことに、昔も今も仕事以外でお会いしたことは一
度もありません。ですからこの質問にも、作曲家としてしかキャン
ディーズを語る資格がないことに気付いたのです。そして熱烈なフ
ァンのひとりであることに。

そう、作曲家穂口雄右にとってキャンディーズとは・・・。
いくら考えても一言にはなりません。

考えて、考えて、残った言葉は。

「現実となったビジョン、プライド、そして未来への軌跡です」
 
            1998年4月4日

            作曲家 穂 口 雄 右 50才


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