初CDとなった「Again Candies」のライナーノーツに書かれていた文章です。
”キャンディーズの前にキャンディーズなく |
昭和48年9月「あなたに夢中」でデビュー。ポップ す系のタレントはいきなりヒットするケースが多いの ですが、キャンディーズは結構、時間がかかったグルー プでした。デビュー自体が、三人が奥多摩キャンプ で知りあってから四年。そしてNHK「歌のグランド・ ショー」のマスコット・ガールに採用され、”キャン ディーズ”と命名してから一年半後のことです。初ヒッ トの「年下の男の子」はデビュー5作目で、デビュー から一年半かかっています。必ずしも順調なグループ ではなかったのです。ですから筆者などにしても、デ ビューの事の印象は全く無かったといってもよいくらい でしたし、「年下の男の子」がヒットした時も、いつの 間にか急に出てきたという感じだったのです。後で聞 けば、リード・ボーカルをスーちゃんからランちゃん に変えたりするなど、いろんな試行錯誤が重ねられた ということです。ヒットが出なくて、活動維持が危ぶ まれた頃に、彼女たりがプロダクションのチーフ・マ ネージャーのデスクに「事務員でもいいから、このま まおいて下さい」と置き手紙を書いたというエピソー ドもありました。とかくピンク・レディーと対比され たキャンディーズですが、デビュー早々「ペッパー警 部」でアレヨアレヨという間に売り出したピンク・レ ディーとはその辺からもう違うのです。 率直にいって、「年下の男の子」の頃は、音楽的には 面白い部分がありましたが、彼女たちの歌手としての 将来性はまだまだ未知数で、”そのうちすぐに消えて いくサ”と見る向きの多かったはずです。筆者もそん な一人だったことを告白します。キャンディーズがそ の地位を確固たるものにしたのは翌年3月に出した |
「春一番」のヒットであり、さらに3ヶ月後に出した 「夏が来た!」のヒットでダメを押したという気がし ます。「春一番」はキャンディーズの一連のヒットでも 最高傑作と評価していますし、〜もうすぐ春ですねェ ちょっと気取ってみませんか……のあの新鮮でさわや かなフレーズの衝撃はつい昨日のことのようにまざま ざと記憶しています。作詩・作曲の穂口雄右氏の才気 が一挙に爆発したこともさることながら、キャンディー ズに何らかの力が乗り移ったような完成度が見えま した。この「春一番」にしろ「夏が来た!」にしろ、あ るいは「暑中お見舞い申し上げます」にしても、それ までの流行歌とは違った手法と雰囲気で季節感を見事 に表現していたことも、キャンディーズを語る時に忘 れられないことです。そしてもうひとつ見落としにでき ないのは、キャンディーズ・ヒットの大半は、コーラ スの部分で黒人女性ソウル・グループの技法を効果的 に取り入れていたということです。この”隠し味”が キャンディーズの唄の魅力をさり気なくふくらませて いたのではなかったかと思うのです。 その後「やさしい悪魔」「暑中お見舞い…」「アン・ ドゥ・トロワ」「わな」「微笑がえし」と引退するまで 連続ヒットを飛ばしたことはご承知の通りですが、今 だに惜しまれるのは「やさしい悪魔」や「わな」といっ た野心作を成功させて、大人のグループへのステッ プとして面白くなって来た−という熟成の時期を迎え たところで、解散してしまったことです。この二作に は、流行歌に必要な”毒”がうまく含まれていて、そ れまでのキャンディーズからさらに突っ込んだ、複雑 な魅力が出始めていました。本当の大人のラブソング |
がそとそと歌える所に踏み込んでいたのですが……。 音楽評論家 阿子島たけし
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